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移転したも のと推測される。四角形の長台石を積み上げて造られた東西に18m、南北に16mの池で、東の築台の中に 「浴恩地光緖丁亥」と陰刻された石があり、高宗24年(1887)、富平府使の鄭秉夏が補修を行ったと言われて いる。浴恩池は仁祖が彼の父、元宗の陵がある金浦の章陵に展拝する際に富平都護府に立ち寄り、そこで 弓を射った後この池で手を洗ったと言われるが、仁祖が父の陵をこの地に移すべく極秘裏に踏査を行ったという 説はあるものの、公式的な歴史記録では仁祖が富平に来たことはないと伝えられている。

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